花見前の基礎知識:桜のツボミはいつできるか?

(この項はまだ書きかけです。)

ブルーバックスの「クイズ植物入門」isbn:4062574748 という本には面白いクイズがたくさんあるのですが、その中でも今もっとも旬なのが、この問題です。

問題46 春に花咲くサクラのツボミは、いつ出来るか?

 秋に、季節はずれのサクラの花が咲くことがある。新聞やテレビでは、いかにも不思議なことのように報道され、「なぜだろう」と騒がれる。しかし、大切なことが見逃されている。それは、「ツボミがいつできるか」である。

 春に花咲くサクラのツボミは、いつできるのだろうか。

(A) 花が咲く春のはじめ
(B) 前年の夏
(C) 前年の秋
(D) 花が咲く前の冬の間

この問題が旬なのは「今が花見の盛りだから」というだけではない、というのはまたあとにして。

この問題の答えは、どうですか?わかりますか?

答えは、(B)の前年の夏です。

「枯れ木に花を」などと言うほどに、素早く成長して花が咲いているように見えるサクラですが、なんと、この春のわずかなひとときに美しく花開くために、サクラは前年の夏から準備をしていたのです。さらに、ツボミを作る時期や花が咲く時期は、種類によってほとんど一定に保たれています。

植物にとって、花を咲かせることには非常に重要な意味があります。

他方、人間にとっても、美しさ、そして実がなる象徴でもある花と、花がいつ咲くか(さらに、あわよくば咲く数や時期を調節できないか)という問題は長く興味の焦点になってきていて、たくさんの知識の蓄積があります。

花は葉の変形である

さて。まず、花そのもののお話をしましょう。

花は葉の変形だ、という話は知っていますか?


ABCモデル






このように、植物は葉をある部分からガク、花びら、おしべ、めしべに変化させることで、花をつくります。

栄養生長から生殖生長へ

ここで、植物は自分が生きていこうとするためだけならば、ずっと多くの葉を広げ光合成をして、自分が生きるためのエネルギーを作ること(栄養生長)が最適な戦略になります。

一方、子孫を作るための花(生殖器官)をつくると、栄養はあまり得られないのに、栄養を使う組織が増えることになります。(生殖生長)

しかし、例えば一年草の場合は、ずっと葉だけをつくっていては、いつか冬が来て光合成できず、子孫が途絶えてしまいます。花を咲かせるということは、次世代を作るのに必要な種をつくるときであり、一年草の場合、それは死のタイミングを決める瞬間でもあります。

また、冬を越せる植物にしても、群落を作った方が何かと有利なこともあるかもしれないですし、また、自分と少し性質が異なるかもしれない子孫を作ることで、進化していくことができるかもしれません。

つまり、植物にとって、1つの枝の次につくる芽をこのまま葉をつくる芽にするか、はたまた花をつくる芽(花芽)にするか、というのは、非常に重要な選択になるわけです。

花を作るタイミングを決めるものは何か

 今まで見てきたように、花を咲かせるタイミングというのには植物にとって非常に重要な意味があり、厳密にコントロールされています。そして、実は多くの木々が、前年の夏に翌年咲く花のつぼみの元、花芽(はなめ;かが)を準備します。

落葉樹の場合、開花前は冬の寒い時期なので、もっとずっと前の夏に花芽をつけ、成長した冬ごもりの芽のまま冬を越します。

しかし、常緑樹の場合は、年中、丁度開花の前の良い時期に花芽をつけているようです。不思議ですね。

一体、「葉ではなく花芽をつくれ」という指令はどのように行われているのでしょうか?

1930年代までに、花芽の形成は日の長さ[実は夜の長さ]の変化に応じて起こるらしい(それぞれの種によって好きな夜の長さになったら花芽ができる)ということが分かっていました。そして、そのころ、何人かの研究者が、観察や葉の接ぎ木実験などによって「日の長さを感じているのは、花芽ができる部分ではなくて、(既にできた)葉である」ということを明らかにしました。そこで、1937年、ソ連の学者チャイラヒアンは、葉から芽の先端に「花芽を作れ」と命令するホルモンが存在すると仮定し、それをフロリゲン(花成ホルモン)と呼ぶことにしました。ここから、世界中でフロリゲンを探索する競争が始まりました。*1

振り返って前の表をみると、確かに花芽は必ず葉があるときにできています。


 しかし、来る日も来る日もフロリゲンは見つかりませんでした。接ぎ木実験で、フロリゲンが作れるようになった葉を他の木に接ぎ木すると、花芽ができます。これは種を超えて成功する例もありましたが、フロリゲンとして見つかってくる物質は、特定の種には効いてもそれ以外の植物には効果を発揮しないものばかりでした。そして、1990年代には、もう「フロリゲン」という単一の物質はないのだろう、と言われ始めるようになってきていました。

2005年、フロリゲンの年

しかし、ちょうど昨年の秋(8月と9月)、「フロリゲン発見か」という論文がサイエンスという権威ある雑誌に次々と発表されてホットトピックになったのです。それによると、なんと、フロリゲンの正体は、FTという遺伝子のRNAであろうというのです。確かにRNAならば、分解されやすくて発見しにくいということになっています。

それは、シロイヌナズナというナズナの一種*2を用いた、遺伝学的な実験で証明されました。詳しい実験内容を述べるのはやめておくが、少しずつ遺伝子の壊れたシロイヌナズナを沢山集め、その中から、花芽ができない植物について、どの部分のDNAが壊れているかを追跡していく方法で沢山の花芽形成に関わる遺伝子を見つけ、その遺伝子のネットワークやどこで働いているかを丹念に解析していった結果、FTという遺伝子がどうやら、葉から芽に「花芽をつくる指令」を与えていることがわかったのです。


このFTのRNAがまだ本当にフロリゲンとして活躍しているのか、確実な証拠は固まっていません。しかし、今後の継続的な研究で、いつの日か、どうやってサクラの 花芽ができるのか明らかになることでしょう。

*1:ここら辺の詳しい流れは、中公新書「花を咲かせるものは何か」isbn:4121014006 をご覧ください。

*2:植物で初めて全DNA配列が読まれた生き物で、植物でDNAを扱った実験をするなら、まずみんなこれを実験するだろう、という意味で「モデル植物」と呼ばれている